仕事が終わり、帰宅する。体力はいるけど、工房は好きだ。
古い銃創を覆う、スプレーの落書き。落書き横のドアを開く。
剥げかけた腰壁。書類の中で傾くエレキギター。住人は男女二名。
傷だらけのライティングデスクから、山積みの本を退けPCを起動する。
打ち込み始めたのは、こんな話だ。
『漂流する宇宙船。全ての星が遠い場所にあった。
たった一人のクルーは、昔の記憶を失っている。脳には記憶があるはずだと、船が言う。
計器類の光。絡み合うケーブル。それが彼の生活する部屋。
ふと、彼はグレートウオールの光に歪みを発見する。それは太古のブラックホール。
なぜ、ここに。星の流れに取り残されたのか。いや……銀河を飲み干したのか?
ぽつりと、ボイドに残された船と星の残骸。
彼は賭けた。進路をブラックホールへと。このまま進めば、彼は引き千切られ、絶命する。
けれどその刹那――光の速度を超え、過去を、失った過去を垣間見るだろう』
「ただいま」
彼女の声がする。祖母の腕に抱えられた惣菜。ここは僕と彼女の家。
先刻の話の、最終行。『見ちゃった。イヒヒヒ』え?
カラフルなプラスチックの簾を鳴らしながら、祖母が不平をこぼす。
「駄目だよ、死んじゃう話なんて。沢山動物を乗せたら寂しくないだろ?」
一気に動物園化して、少なくとも動物には未来がある……のか?
「ああ、ごめん。もう読みゃしないよ」
「あははっ。うん、そうして下さい……」
ブラインドタッチも覚束無い指で。竜となり、剣を交わす。自由で、ささやかな趣味。
『警告音が止まった。船は停止し、再び真空のエネルギーに包まれる。
帰還する方法を思い出した。通信機器を繋ぐと、人懐こそうな男が叫んでいた。
無事だったのか、良かった! と。死への恐怖が、それらを思い出させてくれた』
きっと又書き換える。でも数行付け加えてみた。
電話中の祖母の横に、小さな鉢を置く。かつて、オランジェリーと呼ばれた温室に。
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