心地良い秋の散歩道。電線の其処彼処に、上臈蜘蛛のキラキラ光る巣。霧雨を受ければ水滴のレース編み。夕日を浴びれば金の横糸が七色に輝き。普段はどうかすると門柱から電線にダイナミック巣作りして、人が壊さないように避ける例のアレ。
見事な巨大な巣の中央付近に、極彩色の雌蜘蛛と、そっと隣り合う可憐な雄の上臈蜘蛛。夫婦蜘蛛、と言いたいが、今見かけたのは雄が二匹位居た。モテモテだ。案の定、大きな雌が雄を食べちゃったりするんだそうで、だから雄は雌の食事中にそっと交わる。
上臈蜘蛛は結婚に成功しても「やっぱ食べられちゃうかもしれない」から次が控えてる。なんでも、蜘蛛の宝石に似た瞳は、あんまり良く見えてない。なぬ。沢山あるのに。でも振動覚も触覚も感覚毛も鋭い。仲間は分りそうなのに。
普通の生き物は、食べようとして仲間と分かるとウミウシも止める。大きさが合えば結婚する。まあ、裸の貝共は葉っぱそっくりになって光合成したり、蛸に人と同じ大きさのゲノムあるから。なんだ。ただの宇宙エイリアンか。そうに違いない。吸盤に味覚あって頭に足が生えてる時点で、きっとそうだ。蛸まで行くと繊細そのもので、学者さんが「寿命さえ長ければ、文明を興す」と言う。SF生物に違いない。
ただ肉食の虫は明らかに、栄養の為に雄が犠牲になってる。儚い。賢い蜂ですら、蜜を集める大人の蜂が消えて巣が飢えると、一旦は幼虫が犠牲になったり。ただ蜂は流石にそこで頭切り替えて、残った若い蜂が蜜を取りに向かうけれど。あれはもう、ロボットかサイボーグか攻殻機動隊で良いです。
だから蟷螂ママは、うちで産卵するのを今すぐ止めるんだ。可愛いけれど「にげる」も「かくれる」も覚えてない蟷螂の赤ちゃんを、原っぱに逃がす作業が大変で、もう。
余談だけれど、ありんこは水脈の上に巣を作ると聞きかじった。どうもシュウカクシロアリさんが本当にやる模様。こっちはゴキブリに近いけど、茸栽培もやる宇宙エイリアン。哺乳類も同じ事を……出歯鼠さんが居たな。海中では鉄砲蝦さんが似たような事してる。門番蝦も居る。
それで、肝心の蜘蛛さんは、若い蜘蛛と大人の蜘蛛が同居したり。亜社会性とか言うらしい。大集団の蜘蛛さんは、社会性クモ類。ふむふむ……zzz。子蜘蛛はだいたい固まって、蜘蛛の子が散って、人が「ギャー!」って言うのだけれど。見かけると言えば見かける、葉蜘蛛さんのシートみたいなあの巣で。メキシコさんちでは、ダイナミック葉蜘蛛さん大集団が、蚊帳みたいに使えるシート網を拵えるらしい。すげえ。ここまで社会性高いと、雄がもう糸を吐かない。え? アラクネーの織物なのですか?? 番いになってる蜘蛛さんの方は、雄が雌の巣を直したり獲物捕まえたり。ちっちゃい世帯ですね。
あでやかで美しい色彩に、とても大きな体の蜘蛛。ただ個人的に筆者は虫が苦手。その秋の大きな上臈蜘蛛の巣に、ちらほらと白銀居候蜘蛛が文字通り居候したり。脚長蜘蛛の子供が居たりする。もはや樹木か何か。
太古の虫の比較に引っ張り出されまくりのゴキブリも、寒さや高温や乾燥に弱い。本来は葉に似せてエメラルド色にもなる、森に住むような生き物。仲間であれば凛々しい蟷螂は僧侶にも例えられ、白蟻達は見事な土の塚も作る。ただ。壊れやすい小さな虫。致死に至るような痛覚は遮断する。だからゴキブリは、首だけで一週間ほど生きて、餓死するとも聞いた。真面目な理由は、脳に該当する部分が首の後ろの食道下神経節。それで頭が無くとも「体が」一週間ほど生きてはいる、が正解。だけどそんな……怖いでも気味が悪いでもない。胸が潰れそうな話だと思う。雨粒相手ですら、時として負けて弾かれてしまう小さな体。生き物である昆虫の哀しさのようなもの。ただ。ちっちゃいから数は半端無いので、途轍もなく長い時間を地球で走り回っている。やっぱりキモい。
先に陸に上がったのは、えー。肺魚に似た、イクチオステガが約3億6700万年前に上陸。でもその前の4億年前、どうも紙魚に似た節足動物が上陸した。道理で海辺に居そうな姿。これは見事な先駆者。とりあえずゴキブリに勝ったんだぜ。でも本を齧るでない。蠍さんも、海か陸かはっきりしないままだ。実際元は水の生き物なんだそうで。蠍さんならそうだろうなあ。ヤスデさんは蠍さんより前に上陸。ただ草食でした。土を作ってくれている方。ややこしいがムカデさんは肉食。それでかの有名な、卵を抱えて餓死し我が子の餌になってやる話は。飼育下で餌貰ってるとそうでもないようで、子供の方も元気な母ちゃんの傍に集まってから。餌に向かって親離れする、だけ。え? 良かった。我が子の餌食になった飼育ムカデは居なかったんだ。
えーとえーと。4億1900万年前にはもう、初期の蜘蛛が陸上の覇者。なかなかの生きた化石ですね。初期は蠍みたいな針があり、もう糸で巣作り。原始的な蜘蛛達は今も、巣穴の入り口に、ドアとして糸を張る。妖精の家ですか。
ミャンマーさんちでは、1億年前(one hundred million years ago)に寄生しようとした蜂さんと、それに怒って反撃した鬼蜘蛛さんが、その瞬間、樹脂に封じ込められてしまった、浪漫の琥珀があるそうで。きっと恐竜が見てる。
目前の夫婦蜘蛛はゆらゆらと、風を孕む巣の振動を捉えながら、じっとしている。紅葉の木漏れ日の中で、美貌の番い蜘蛛は、春に生まれる子を残そうと必死。幼体は最初の脱皮後に、やっぱり糸で空を飛ぶと聞く。掴んだ上昇気流の中、兄弟と離れ何を思うだろう。生まれて風に散り、育って高い場所に向かい。大気の中で恋をする。
「お前、切なくないの?」と、私は心の中で呟く。小さな雄の上臈蜘蛛が、何事かを語る筈もない。鳴いてるとは思うけど聞こえない。鰐も魚も鳴いてるけど聞こえない。人の耳が無理。犬猫の声すら聞こえて半分ぐらいらしい。けれど何かが。私の胸の中に響いた気がするのだ。
「私は冬に死ぬ前に、子を残さなければなりません」と。幻聴に違いない。疲れているんだ。目前の上臈蜘蛛の巣は、光を受けてただただ輝く。空飛ぶ可憐な子蜘蛛の中で、番いになり生き延びた者は、幸せな方。でも。と、人の感情が揺れる。
雪の降る前に、霜の降りる前に、氷の張る前に。暖かな錦秋の内にこそ。次から次へと、男達を迎え入れる麗しき女郎蜘蛛。螺旋の横糸は金の糸。雄蜘蛛の最後は、毒で動けず糸に捕らわれる末路。そんな悲しい恋が、あるんだろうか。同じ肉食でも、天道虫は落ち葉や木の皮の裏に寄り添い、蟻は水没する巣の天井で雨を凌ぎ。それでどうにか春を、待つのに。メカの宇宙エイリアン級に格好良いのに、冬は大人しい、小さな隣人達。
ちょろりと書いた鬼蜘蛛は、夕刻に見事な網の巣を広げ、朝にはもう片付けると聞く。華麗な上臈蜘蛛の巣も又、翌日には消えていた。獲物を捕らえた透明螺旋の網は、蜘蛛が網ごと食べて、また糸に紡がれる。無論、全然巣を片付けない蜘蛛さんが大半。そこは虫だし。昆虫かどうかも古過ぎてアレだし。綺麗だったのに汚れちゃった巣を、泣いて人が片づける。極めて精巧な猟の網は、蜘蛛自身が片づける時もある。3億年前(300 million years ago)の生きた化石たるゴキブリ。更に古い、4億年前(400000000 years agoの節足動物の蜘蛛。でも蜘蛛の脳は大きい方だそう。古い新しいってもう何。彼等はレース編みの上に佇む、貴婦人の如く麗しく、そして精密機械のようだ。
目前の見事な上臈蜘蛛の巣は、太古か未来か分からぬほど優れ、澄み切った糸。咲き始めた山茶花の上で、健気な雄の上臈蜘蛛は、静かに雌に寄り添っている。蜘蛛さんの持ってる4億年の途轍もなさ。明日は何処に居るんだろうか。
北海道では、10月から雪が降っている。私は本州の温かい地域に生まれて育って住んでいるから、何一つ分からない。海外ではゴッサマーやエンゼル・ヘアと呼ぶ、雪迎えと雪送り。いずれも蜘蛛の子供の糸。山に雪が被り、山に雪が残る頃。春ちゃんと冬将軍が天気予報でバトルして。生まれた秋の子蜘蛛達は、小春日に光る糸で飛び。生まれた春の蜘蛛の子も又、春の大気に飛んで行く。
心地良い、頭空っぽのお散歩時間。蜘蛛の巣を眺めながら、蛸や出歯鼠をや恐竜や雪だるまをダラダラと思う。一度(ひとたび)払えば壊れてしまう、その巣は。むしろ我が家に掛かったら払うしかない、その巣が。そのアラクネーの織物は、虹色を帯びた黄金の糸。太古にあったように遠き未来へ、光に溶けるが如く輝くのだろう。

写真素材足成 「彩り小山」びすこってぃ様
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