磨かれた床から、澄んだ木々の芳香が零れた。それは静かな空間。
神域に建てられた社の奥。洞窟の内に部屋があった。修験者は静かに暮らしていた。
その森に、異様な音が響く。神木の軋む音が、宵闇に唸っていた。
「許せない……許しはしない!」
「何をしている!」
それは髪を振り乱した女。打ち付けられた人形が、釘に刺され崩れていた。
所謂アレがコレした何か。丑の刻参りとか言う、なんかアレっぽかった。
修験者に恫喝され、女は硬直した。それでも屈強な修験者を睨み、叫んだ。
「邪魔をしないで。あと一夜で満願なのに!」
「訳を話せ。これは神木ぞ」
女は騙され、博徒に嫁いだと言う。夫を呪い殺そう、そう決意していた女。
女人禁制の場所で丑の刻参り。しかし、修験者は誠実に話を聞く。
疲れきった、気の毒な美しい女性。元々悪いのは夫だったからだ。
「社寺なら、お前を逃がせる。覚悟はあるか?」
修験者の優しい瞳。それは天狗に似た顔立ち。髪は白く、鼻は高く。
胡人面に似たその顔は、地元のおっちゃん山伏であったそうな。
荒れ果てた女の家。清浄な修験者の家。あまりにも異なる、ふたつの部屋。
女の髪が、はらりと流れ、宵の中に光る。わなわなと女の指先が震えていた。
重なり合う部屋こそが、彼らの世界の違いだった。
――原作民話では、ここで天狗が失踪したらしい。
村人は「天狗どんなら、きっと無事だ」と言い伝えた。え。「茶碗の中」ですか?
仮定。仮に女が天狗を殺して逃げたとする。しかし領内のどこに?
「足が痛うございます……」
「今暫くの辛抱。それ、関所はもう越えた」
廃寺で、尼僧姿の女性と修験者が休んでいた。もちろん恋愛は一切合財関係無い。
修験者は廃寺を綺麗に使った。家とは、自らの手で整えられる場所だと女性は悟った。
彼らは森を通った。一言でオワタ。けれどこれこそが、修験道あっての成せるサバイバル。
まだ山犬も居れば熊も多い時代。追っ手よりも恐ろしい獣は、山伏の知る者だった。
神木を守った修験者は祈りの世界に、女性は平穏な新生活に、其々戻って行った。そう願いたい。
写真素材足成:森の中
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